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フィリピン人一家不法滞在事件がアメリカで起こったら [日常]

少し前に書いた記事。

色々考えた結果、書いたものの公表を見送っていたのだが、もうぼちぼちと日本での議論も落ち着いたころだと思うので、公表することにした。

なお、今回の公表にあたって、記事は一切修正していない。
この記事を書いたのは、2009年の2月の半ばころ。
その後、いろいろあったわけだが、あくまでこの記事は当時の僕が考えたことに基づいて書かれていることをご了承いただきたい。

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最近日本で話題になっているフィリピン人一家不法滞在事件について、少し考えてみる。

まずは、報道内容について。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090212-00000044-san-soci
(リンク切れに備え、以下に原文を引用)

「私は100%日本人」 フィリピン人中1女子の家族、「在留」あす判断
2月12日8時3分配信 産経新聞

 「私は、(自分が)百パーセント日本人だと思っています。両親と日本で暮らしたい」。不法滞在のため、国外への強制退去を命じられたフィリピン人の娘ら家族が、法相の裁量で日本滞在を認める「在留特別許可」を入管当局に求めている。家族は13日、入管に出頭することになっている。そこでどのような判断が言い渡されるのか。期待と不安を胸に一家は、その日を迎える。
                   ◇
 ■突然の「告白」
 在留特別許可を求めているのは、埼玉県蕨市の中学1年生、カルデロン・のり子さん(13)一家だ。
 のり子さんの父、アランさん(36)は平成5年に、母、サラさん(38)は4年に、それぞれ他人名義のパスポートで、日本に不法入国し、7年にのり子さんが生まれた。18年7月、買い物途中のサラさんが、路上で警察官の職務質問を受け、入管難民法違反で現行犯逮捕された。
 当時、のり子さんは小学5年生。母の逮捕という衝撃の事実に、追い打ちをかけたのは父の一言だった。
 「のり子、お前はフィリピン人なんだよ」
 「ただただ、びっくりしました。全く実感がわかなくて」と、のり子さんは当時を振り返る。
 母の逮捕まで、自分がフィリピン人であることを知らなかった。のり子さんにとって、その“告白”は衝撃だった。娘を普通に学校に通わせ、日本人と同じように育ててきたアランさんは、「フィリピン人であることを、なかなか言い出せなくて…。本当に悪いことをした」と涙を流した。

 ■両親への思い
 「正直言って、両親をうらんだこともあります。『何でもっと早く言ってくれなかったの?』と…」
 横に座る両親にちらりと目をやったあと、伏し目がちに胸の内を語った。
 両親の不法入国の結果、自分も不法滞在となり、フィリピンへの“帰国”を迫られている事態をよく理解するにつれ、心の葛藤(かっとう)は続いた。
 「でも、家計を支えるため、日本に出稼ぎに来た両親をうらんでもしようがないって分かったんです」
 中学1年生になったのり子さんは、フィリピン国籍であることを頭では理解しながらも、「私は百パーセント日本人」という思いに変化はない。むしろ、自問自答し、「何もフィリピンについて知らない自分は“日本人”だ」と、より意識するきっかけにもなった。
 サラさんは逮捕後、裁判で有罪判決を受け、一家には国外への退去強制命令が出された。一家は、取り消し訴訟にも敗訴し、現在は約1カ月ごとに、入管の判断を仰いでいる。

 ■示された選択肢
 一家は、街頭などで集めた署名を、法務省に提出するなどして今の立場を訴える活動を続けている。10日には日本外国特派員協会で会見し、アランさんは「(娘を)このまま日本で勉強をさせてあげたい」と訴えた。
 だが、両親が1月14日、入管に出頭した際には、再び1カ月間の滞在延長は認められたものの、「3人で一緒に帰国して住みたいか、のり子さんだけを残して、日本の学校に通わせたいか」と厳しい選択を迫られている。日本生まれののり子さんには、在留を許可する可能性を示しつつも、不法入国をした両親の在留は、認めないという判断を入管が事実上示したのだ。
 「3人一緒に日本で」と願う一家にとって、この選択肢はショックだった。
 アランさんは「今後も(入管に)希望を伝えていく」と話すが、先行きは決して明るくはない。13日にはどんな判断が出るのか。支援者らはかたずをのんで見守っている。

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この後、結局13日には、娘に対する在留特別許可は出されたものの、両親には在留特別許可が出されず、結果、一家は家族全員で帰国するか、娘のみが日本に滞在するかのいずれかを選択しなければならないという状況である。

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http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090214-00000103-san-soci

フィリピン人一家での在留を認めず
2月14日8時3分配信 産経新聞

 不法滞在で、国外への強制退去処分を受けた埼玉県のフィリピン人中学生、カルデロン・のり子さん(13)と父母の家族3人が、在留特別許可を求めている問題で、森英介法相は13日、閣議後会見で、「一家全員での在留特別許可はしないことを決めた」と述べた。
 同日、東京入国管理局に出頭した父母に対し、入管は、今月27日までにフィリピンへの帰国日を決めて再出頭するよう命じた。
 入管側は、のり子さんだけなら在留特別許可を認める可能性を示唆しており、少なくとものり子さんの父、アランさん(36)と、母、サラさん(38)は今月末にも強制退去となる可能性が高まった。

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この事件について、日本では、家族の心情を慮り、在留特別許可を与えるべきとする意見と、特別扱いはすべきではないという意見が出ている。
報道の姿勢を見るに、マスコミは前者寄りのようだが、色々なサイトを見るに、少なくともインターネット上では後者の意見が多いようである。

自分が現在アメリカで生活していることもあり、ふと思ったのが、「アメリカならこういう事件はどうなるだろう?」ということ。

昨今のアメリカの移民政策を見るに、おそらくImmigration Officeは、問答無用で強制送還措置をとるだろう。

報道によれば、両親は偽造パスポート(正確には「他人名義のパスポート」)で入国し、しかも入国目的は、「家計を支えるために出稼ぎに来た」というものであって、自国で迫害を受けるなど難民として入国してきたわけでもない。

要は、「自国と比較して賃金の高い国で、てっとり早く儲けるために不法入国した」ということだ。
意地悪な言い方に聞こえるかもしれないが、フィリピンは貧困国ではあるものの経済はある程度安定しており、一般に自国にいては生活ができないという状況ではない。もちろん、個別的にはそういう事情を持つ人もいるだろうが、それはどの国でも同じことであり(日本にだって、個別的には生活できなくて餓死したりホームレスになったりする人はいる)、かつ本件で両親が客観的にみてそのような事情を有していたかどうかは報道からは不明のため、ここでは捨象することとする。
(ちなみに、フィリピンは800万人以上におよぶ外国滞在労働者を持ち、経済の相当部分がその外国滞在労働者による仕送りにより支えられているという、発展途上国の中でも少し毛色の変わった経済構造を持つ。)

これは、どの先進国(あるいは発展途上国)においても、滞在が認められるような事情ではない。
ましてや、昨今移民を厳格に制限しているアメリカならなおのことだ。

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逆説的だが、日本でこのフィリピン人一家に対する同情論が展開されるのは、日本が厳格に移民を制限してきたことの結果でもある。

アメリカはもちろん、フランスその他のヨーロッパの国々を見ても、移民や出稼ぎ外国人を大量に受け入れた国では、必ずと言っていいほど移民ともともとの自国民との間に摩擦が起こっている。
それは、単なる差別というレベルではなく、既得権益の侵害による衝突だ。

移民(あるいは出稼ぎ外国人)は、もともと物価の安い発展途上国から来ていることもあり、(先進国の尺度で)安い賃金でも喜んで(あるいはやむをえず)働く。
かつ家族を母国に残してきているケースの場合、先進国で稼いだお金は、本国では5倍、10倍の価値をもつのだから、生活費をぎりぎりまで切り詰めて、貯金するなり本国に送金するなりすれば、5年も頑張れば本国では金持ちの仲間入りだ。
また、戦争、政治的理由、飢餓など、何らかの事情で本国を完全に捨ててきた場合、働かなければ生きていけないので、安い賃金でも働かざるをえない。
どちらに転んでも、結局、移民や出稼ぎ外国人は、先進国で安い賃金の労働力を供給する存在となる。

その結果、先進国における、特に単純作業系の労働需要は、移民に占められる結果となる。
ほとんど個人のスキルが必要でない単純作業において、同じ作業を時給20ドルでやってくれるアメリカ人と、自給6ドルでやってくれるメキシコ人なら、ほとんどのアメリカ企業は後者を選ぶはずだ(実際、選んでいる)。
当然だが、このことは、自国においてこれまで単純作業系の労働を提供していた層の失業を招くことになる。

ここにおいて、移民と自国民との間には、深刻な対立が生じることになる。

差別というのは、それはそれできわめて重大な問題ではあるが、少なくとも一般市民のレベルにおいてはあくまで感情的な問題にとどまり、実利が害されるわけではない。
しかし、実際に自分の労働(とその結果としての収益)の機会が奪われるとなると、これはもはや文字通り死活問題だ。
生き死にがかかったレベルで、人が他人の生よりも自分の生を優先するのは、やむをえないことだろう。

あまり日本人は意識したことはないだろうが、先進国に生まれ、生きているということは、それ自体地球レベルで見ればものすごい既得権益なのである。
その権益の甘美さは、アメリカや日本にいる不法滞在者の数を見れば一目瞭然だ。

既得権益は、単純に労働需要や労働対価の大きさのみを指すものでない。
たとえば、「水道の蛇口をひねれば、飲んでも問題のない水が際限なく出てくる」ということだって、世界の大多数の国では当たり前ではない。「子供が学校に行く」ということだって、当たり前ではない国は本当にたくさんある。
「それが当たり前でない国」の人間が、「それが当たり前である国」に住みたがるというのは、これはもうしょうがない。

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さて、先進国で、自分の権益が侵されたと感じた人の数が一定以上に達した場合、何が起こるだろうか。

もちろん、今でもヨーロッパでよく起こっている、移民排斥運動である。

これは、デモなどの形をとって現れることもあるが、もっとも直接的な方法は、選挙における権利行使だ。
要は、「移民をじゃんじゃん受け入れます」という政治家には投票せず、「移民を制限します」という政治家に投票するということである。

政治家は当選しなければ話にならないので、当然、移民問題に対してどのような態度をとれば当選確率が高まるかということを分析してくる。
その国において、既得権益を侵されたと感じた有権者の数が一定以上を超えている場合、移民制限または排斥を訴える政治家の当選確率は高くなるはずだ。

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話を日本に戻そう。

日本で、今回のフィリピン人一家事件のような出稼ぎ目的の不法滞在に対して、ここまでの同情論が沸き起こるのは、日本人が移民や外国人出稼ぎ労働者によって深刻に既得権益が害されているとは感じていないことの表れでもある。

そして、それは、日本政府がこれまで移民や外国人出稼ぎ労働者に対してきわめて厳しい態度をとってきたことの結果でもあるのだ。

もし、これまで日本政府が移民や外国人出稼ぎを奨励し、大量に受け入れていたならば、今回のフィリピン人一家事件に対して同情論などは、まずもって生じなかったといえる。

なぜ断言できるかというと、実際に移民を大量に受け入れているヨーロッパ(特にフランスやドイツ)では、不法滞在者に対する同情論はほとんど存在しないからだ。アメリカでも同様である。
それは、合法的な移民の道がある程度開かれている(最近はそうでもないが)というのも理由の1つではあるが、一般国民の移民に対する感情自体があまり良くないという側面も大きい。
彼らにとって、外国人移民や出稼ぎ労働者は、同情するにはあまりにも自分たちの既得権益に踏み込みすぎているのである。

これは、心が狭いとか、寛容ではないとかそういったレベルの問題ではない。
いわば、生存競争の問題だ。

なお、ドイツなど、いくつかのヨーロッパの国では、不法滞在者に対しても特別滞在の道が法律上開かれているが、「法律上そのような制度があるかどうか」ということと、「一般市民の同情が集まるかどうか」というのは全くの別問題であるので、ここでは取り上げない。
本記事は、あくまで、「法制度がない場合に、特別の裁量で滞在許可を与えるかどうかについて、同情論が起こるか起こらないか」という点のみを問題にしている。

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「移民や出稼ぎ労働者を排除してきたからこそ、彼らに対する一般市民の同情が高まる」

というパラドックスは、これからも日本で度々見られることになるだろう。

そして、おそらく、日本政府は、これからも不法滞在問題に関して今回のフィリピン人事件で見せた以上の配慮をすることはないだろう(個人的には、「既に日本で長く暮らしている」という事情(それ自体違法行為に基づくもの)以外に特別滞在を認める何らの正当な理由もないのに、子供本人だけにでも特別滞在許可を出したのは、ものすごい温情対応だと思っている)。

なぜなら、日本政府がそのように不法滞在事件に対して厳格な対応をしているからこそ、今回のような同情論が起こる余地があるということを、おそらく日本政府は認識しているからである。

今回、日本で起こった同情論、そしてそれに基づく特別な措置を取らない日本政府への非難を見て、ふと貧乏人に同情しているお金持ちの子供を連想した。

その同情は、裕福な親の庇護の下にいるからこそできるものであることに気付かず、「なぜこんなに可哀そうな人に恵んでやらないのか」と親を非難している子供。

純粋な、しかし未熟な善意。

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こんなことを考えるのも、やっぱりアメリカにいるからなんだろうなあ。
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