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独り言 [日常]

インドから帰る日が近づいてきた。

インドでの9ヶ月あまりの実務経験に基づいて得た知識をもとに、いくつか論文を書いたし、これからも書く予定だ。
日本滞在中は、セミナー講師も多く務めることになっている。

日本ではインドへの投資ブームが高まっており、インド現地の法律事務所で勤務した日本人弁護士がこれまでにほとんどいないということで、現地の法律について語れる日本人弁護士として、日本での需要は高いようだ。
弁護士も客商売である以上、多くの人から自分の知識や経験を必要としてもらえるというのは幸せなことなんだろう。

だがしかし。

最近、自分の中で膨らみつつある矛盾に苦しんでいる。

インドの外為制度や税制、マーケットの実情を知れば知るほど、「この国には投資すべきではない」ということが見えてくるからだ。

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インドの外為制度は、「投資はそこそこしやすいものの、イグジットが非常に難しい」という制度であり、平たく言えば、「インド国内にお金が入ってくることはそれなりに歓迎するが、インド国内からお金が出て行くことは基本的に認めない(認めるとしても、ものすごく厳しい審査が行われる)」というシステムとなっている。

そのため、現状、いったんインドに投資したお金を本国に還流させることは非常に難しく(金額が多額の場合、事実上不可能)、これではせっかくインド国内で収益を上げても、それを日本に還元することができない。
もちろん、インド国内で収益を上げれば、連結会社としてバランスシート上は日本の本社のプラスにはなるが、日本で本社が傾いてもインドから送金できず、インドの収益で穴埋めすることができないというのでは、事実上資金を凍結されているに等しい。もちろん、インド国内での再投資は可能だが、外国に出せないというのでは、資金の流動性は著しく阻害されるだろう。
インドには外資優遇措置が一切ないというのも、直接投資にあたって認識しておく必要がある。

また、インドの税制は、法律、運用ともに、外資系企業にとっては「ぼったくり制度」と言ってもよく、実質負担税率は5割を超えているという状況である。
現地の活動資金のために、日本から1億円を送金しても、半分以上は税金としてインドの国庫に納まってしまうということで、投資効率が悪いことこの上ない。
さらに恣意的な課税、遡及的な課税、いずれも平然と行われており、課税についての予測可能性は全くないと言っていい。

さらにインドのマーケットについて、インドは人口が10億人以上もいて、一見市場規模は大きいように見えるが、まともな購買力を持っているのは、そのうちせいぜい2000~3000万人くらい(いわゆる富裕層と呼ばれる層)であり、後はほとんど期待できない。
この国では、年間20万ルピー(約54万円)程度の収入があれば、「中間層」と呼ばれるのだが、はっきりいって、この程度では自動車や電化製品などの日本の主力製造品の販売先としては全く期待できない。だいたい、この程度の収入の層を「中間層」と呼んでいるにもかかわらず、「中間層」はほとんどいないのだから。

そもそも、仮にこんな「中間層」が1億人いたって、マーケットとしては意味がない。
年間の可処分所得が10万円からせいぜい20万円しかない層を相手に、日本企業が何を売れるというのか。
もちろん、ニッチなニーズはあるのだろうが、それを狙ってまで投資するような場所なのかどうか、真剣に考えている日本企業がどれくらいあるだろうか。
(ちなみに、TATAのnanoを追いかけるのは絶対にやめておいた方がいい。nanoは間違いなく赤字になる。TATAにとって、自動車部門は数ある企業部門の1つにすぎず、そこで単体で赤字を出しても企業のアピール費用と思えば問題ないが、これを日本の自動車専業会社が追いかけるのは自殺行為である)

今、インドで日本の自動車がそこそこ売れているのは、上記購買力のある2000~3000万人の層が買っているからであって、この層が飽和したときには、インドのマーケットとしての魅力は一気に薄れるだろう。
この国の富裕層とそれ以外の層の間の断絶は、日本人が考えているよりも遥かに大きく(この断絶は、中国のものとも比べ物にならないくらい大きい)、日本人が想定している中間層(年収100万円から200万円くらい)など、この国ではほとんど生まれていないし、これからも当分生まれることはないだろう。

他にも、インドが投資先として薦められない理由は多くあるが、最大の理由は、インドは、少なくとも日本企業にとっては、「投資してもペイしない」国であるということだ。
実際、インドに進出している日系企業の99%は赤字を垂れ流している状況であり、黒字を出しているのはマルチスズキやヒーローホンダなど、ごくごく一部の企業に限られている。
理不尽な外為制度や税制等により経費ばかりが増大し、一方でマーケットの開拓はなかなか進まないというのがその理由だ。

マーケットの開拓が進まないのは当たり前だ。
この国のマーケットは小さいのだから。
年収10万円以下のインド人が10億人いたって、日本企業が想定するような製品の購買力としては計算できないのだから、マーケットの観点からは存在しないのと同じだ。
しかも、カースト制度その他の社会制度に基づく、富裕層とそれ以外の層との間の断絶により、これらの「年収10万円以下の10億人」が、今後早い段階で中間層に育っていく可能性も低く、マーケットの成長性も低い。

マルチスズキやヒーローホンダは、きわめて例外的な成功例であり、これを見て単純に「インドは有望なマーケットである」と考えるのはとても危険だと思う。

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以上の分析が、客観的に正しいかどうかはわからない。
ただ、インドの法制度、税制、社会制度、マーケット状況等を知れば知るほど、自分の中では「インドは直接投資の対象国としては不適である」という確信が高まってくる。
少なくとも、自分が会社の社長だったら、絶対に投資はしないだろう。
外資優遇措置もなく、課税は適当、マーケット開拓は困難、せっかく稼いだお金を本国に還流することもできないというのでは、投資効率があまりにも悪すぎる。

インド滞在中に、50社を超える日本企業の現地法人、支店その他に勤務するインド駐在日本人と話したが、多くの人は概ね上記と似た印象を抱いていたので、少なくとも的外れな分析ではないと思う。
ちなみに、インドでの収支についてたずねた際には、例外なく「赤字」との回答が返ってきた。
つまり、インドで儲かっている会社は1社もなかった。

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問題は、「インドには投資しないほうがいい」という確信(直感的確信ではなく、インドの法制度、税制、社会制度、実際にインドに進出した日本企業の収支状況等を踏まえて分析を行った上での確信)を抱いているにもかかわらず、立場上、日本においてはインド投資を促進するような本を書いたり、セミナーを行わなければならないこと。

投資してもペイする見込みがない(あるいはその可能性がとても低い)と確信していながら、インド投資を推奨するような本を書いたり、セミナーを開催したり、インド投資を希望するクライアントにアドバイスすることは、欠陥商品をそれと知りつつ売りつけることと同じではないか。

「依頼者の利益にならないことはしない」というのが、弁護士の行動原理の基本であると思うし、そもそも、「十中八九損をすると確信している行為」を他人に勧めるのは、人間としての品性が問われかねない行為ではないか。

本当は、インド投資など勧めたくない。

「インドは投資してもうかるような国ではないから、やめておいた方がいいですよ」と言いたい。

主観的に「絶対やめておいた方がいい」と思う行為を、他人に勧めることなどしたくない(たとえ自分の主観が、客観的には間違っていたとしても)。

その感情の制御が難しくなってきた。

でも、所属事務所の戦略や、弁護士としてのビジネスの観点からは、これからもインド投資を促進するような本を書いたり、セミナーを行っていかなければならない。

いっそインドが本当に外国直接投資に適した国なら良いのに。

それなら、何の屈託もなく、対印投資を日本企業に勧めることができるはずだ。

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法律コンサルタントとしては、インド進出に際してのアドバイスに対する報酬さえもらえれば、実際にインドに進出した企業が現地で赤字になろうが多大な損失を出そうが、とにかく進出に関するアドバイスはしたのだから、結果については知ったことではない、という立場を取ることも可能だろう。

でも、そういう立場を取ってしまったら、自分の「弁護士」という職業に対する矜持は崩れ落ちてしまうだろう。

自分がこれまでの人生において貫いてきたものも、失われてしまう。

とはいえ、インド進出に関する知識を求める日本企業のニーズがとても高いのも事実。

どうやって折り合いをつけていくのが良いのか。

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とりとめのない独り言。
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コメント 2

らくだ

おひさです。率直に悩まれている様子、感銘を受けました。

素人的な疑問なんですが、中国との違いは何なんでしょう?
10年ちょっと昔は中国に対してもみんな同じように考えていたように思うんですが、インドも将来は明るいっていうことはないんでしょうか?
中国の場合、投資している日本の会社はいまだに厳しいところも多いと思いますが、国全体の経済力の伸張はなかなか目覚ましい気がします(彼の国の発表するデータの信用性の問題はありますが)。

帰国、留学とお忙しいと思いますが、Barの勉強をしながら更新を楽しみにお待ちしてます。
by らくだ (2008-05-22 14:57) 

Kotty

>らくだ様

おお、久しぶりです。
Barの勉強、大変だと思うけど頑張ってください(明日は我が身、ですが…)

インドと中国の違いについて、個人的には以下が大きいのではないかと思っています。

・格差を容認する社会制度
数千年続いてきたカースト制度の影響もあり、インド人にとって、格差は「あって当たり前のもの」であって、格差自体を不満として是正を求めたり、自身が得る側に回ろうとする動きが非常に希薄です。
この点、格差に対する不満で暴動なんかも起こったりしている中国と大きな違いではないかと思います。
格差を容認してしまっているために、ハングリーさがないというか、社会に成長志向がなく、結果、経済発展が遅れています。

・民主主義
「開発独裁」という言葉がありますが、発展途上国にとっては、発展の一時期は独裁であった方が都合が良いことが多いです。中国はもちろん、シンガポールやドバイなんかはその典型ですし、過去には韓国あたりもそうでした。
ところが、この国は中途半端に民主主義を採用しているので、万事意思決定が遅く、また国民の人気取りの政策(要は減税、バラマキ)が多くなってしまっています。
もちろん、倫理的には独裁よりも民主主義が勝ることは間違いないのですが、こと「経済発展」という点に絞った場合、インドの民主主義は発展の阻害要因でしかありません。
国民の人気取りのために減税でバラマキ予算を組み(ちなみに、2008年度予算は完全にバラマキ型です)、足りない予算を外資系企業から無理矢理徴収する、ということが平然と行われていたりします。

・インド人およびインド政府のメンタリティ
彼らには「発展途上国の自覚」がありません。
これは、インドを見下す意図ではなく、「経済発展において途上であることを自覚し、積極的に外資を誘致する」という態度が、政策において取られていないことをさします。
彼らの態度は、「投資したかったらしてもいいよ」というものであり、しかも投資後は格好のカモとして課税してきます(なお、インドの脱税率は90%を超えており、コンプライアンスを遵守している外資系企業が、馬鹿正直に異常に高い税金を支払っているという構造です(脱税率が高いため、まともに税金を払う企業にとてつもない皺寄せがくる))。

・時期尚早
上記全ての問題を考慮しても、50年、100年という単位で見れば、インドが成長していくことは間違いないと思います。
ただ、現時点ではほとんど問題がクリアされていないため、今投資するのは絶対にやめた方がいいと思います。
インドは中国からもさらに20年くらい遅れており、中国でいえば1960年代に近く、この段階で投資するのは博打の要素が大きすぎます。
少なくともあと10年、できれば20年は待った方がいいです。


ちなみに、「インドに対する外国投資一般」ではなく、「日本からの対印投資」という点に絞った問題を挙げれば、インドおよびインド人が、日本や日本人のことを、「どうでもいい」と思っている点が、日本企業に不利な点として挙げられます(インドに暮らすとそれが痛感されます)。
彼らの目は、UKやUSにしか向いておらず、UK企業やUS企業については役人も丁重に扱っており、様々な事実上の優遇措置が与えられていますが、日本企業には全くそのようなことはなく、むしろぼったくられている一方です。
インド人知識階級の中では、「日本人(というか東南アジア人全般)はインド人よりも劣る」という意識があるようで、日本および日本人は眼中にありません。多くの日本人には信じにくいことですが、インド人知識階級においては、日本人に対する差別感情さえあります。中途半端にアジアに優越感を持ったヨーロッパ人のメンタリティを持っているという感じです。
インドに反日感情がないのは、歴史的な経緯もありますが、そもそも「意識すべき対象としてみなされていない」という点が大きいと思います。中国は、日本を意識しているからこそ、あれだけ反日の動きが出るのであり、その意味では中国の方が圧倒的に日本を重く見ています。
日本におけるインドに対する好感情は、究極の片思いであり、インドにとって日本はどうでもいい存在です(「来て投資するなら、まあ別にいいけど…」、という程度の存在)。

このあたりは、実際にインドに半年も暮らせば実感できるところで、日本人駐在員の多くは似たような感想を抱いているんじゃないかと思います。
実際、現地駐在員は、皆そろって「この国はやっぱり駄目だよね」と言ってますから。
by Kotty (2008-05-23 14:12) 

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